
丸善創業者 早矢仕有的とは誰ですか?
1869年、日本で初めて「会社設立趣意書」(かいしゃせつりつしゅいしょ)を書いたのが、「丸屋商社」(のちの丸善)だと言われています。「会社設立趣意書」とは、会社設立に対する思いや、どんな事をやる会社なのかを明記した文書です。
この中で、早矢仕有的(はやしゆうてき)は、はっきりとしたビジョンを打ち出しています。「鎖国から開放されて間もない日本は、世界と比べ、近代化がかなり遅れている。このギャップを埋める事を使命としよう!」と考え、洋書の輸入を行い、日本語に訳して販売するのです。これは日本初の洋書販売店となります。
また、鎖国の影響で、世界の経済の仕組みがわからない人が多く、「これは日本の経済にとって良くない!」と記します。世襲で商売を引き継ぐ家が圧倒的に多かった時代でしたので、経済の発展が期待できないと思ったからです。(新しいビジネスに挑戦するする意欲を奪う形となっているためです)
早矢仕は洋書を参考にし、出資者(株主)と従業員で組織する会社を日本で初めて導入した人物です。(日本初の株式会社となります)
しかし、早矢仕有的はもともと有名なお医者さんでした。何故、医者から経営者になったのでしょうか?そして、福沢諭吉との運命的な出会い、ハヤシライスの語源は早矢仕有的から来た説などを、少しずつ更新して行きたいと思います。
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