
言葉の本質について考えてみよう
今から4年ほど前、障がい者のお仕事を作りたい。
こんな気持ちから、知的障がい者の方が作ったカバンなどを仕入れ、それをインターネットで販売する事にしました。
その後、視覚障がい者のお仕事を作りたい。
こんな気持ちで、点字名刺プロジェクトも立ち上げました。
私が「障害者」ではなく、「障がい者」という表記でツイッターに書き込むと、ある方からこんなメッセージが返ってきました。
「言葉がりはやめよう.障害者の害を平仮名にして喜ぶ人はいない」
Σ ( ̄□ ̄;
言葉狩りとは、特定の言葉の使用を控える事をいいます。
言葉狩りを反対する主張の多くは、文化の破壊に繋がるので、差別的な言葉であっても、その言葉を使うべきだ!
というのがその主旨です。 Σ(□゚/)/
つまり、障がい者ではなく、障害者という表記を使いなさい!
というのがこの方の主張でした。( ̄口 ̄;)!!
そこで、私はまくらぎの事例を用いてこう返信しました。
「線路を固定する枕木ですが、今ではマクラギと言うんですよ。木ではなく、コンクリートを使用するケースが多いので。言葉は時代とともに変わりゆくし、変えていかなければいけないと思うんですよね」
「枕木」の時代は木を使っていました。
この木に、コールタールという石炭を蒸してドロドロにしたものを塗り、枕木の腐敗を防止していたのです。
ちなみに、黒船が黒かったのは、威圧感を演出するためではなく、コールタールを塗っていたためです。
この枕木も時代と共に変化し、今ではコンクリートを用いるようになった事から、「マクラギ」と表記される機会が多くなりました。
「障害者」という単語!
何故、害という単語が使われているのだろう?
障害者と表記される前は「障碍者」という単語を用いていました。
「碍」の意味は「妨げる」・「進行を邪魔する」という意味です。
誰がこのような言葉を考えたのかは定かではありません。
おそらく、心のないお偉いさん達が、自分の思うイメージをそのまま漢字に当てはめたのでしょう。
しかし、言葉はとてもシンプルな事がわかります。
漢字一つ一つにその意味が込められているように、単語一つ一つにも、同じような意味が込められているのです。もちろん、故事や四文字熟語にも、漢字と意味がマッチします。
ならば、その単語に表記される形も、時代と共に変わりゆかなければならないのではないか?と・・・・
言葉狩りに嫌気がさし、
断筆宣言をした筒井康隆氏さんに言いたいことがあります。
書き手として本当に大切な事は、文化を守るために言葉の変化を食い止めるのではなく、その言葉の奥にある心の部分!つまり、言葉の背景に存在する、目に見えない文化そのものを大切にしなければいけないのではないか・・・・
例えば点字ブロックというものが存在します。
日本ではオリンピックが行われた1964年ごろから、車社会(モータリゼーション)が始まります。
しかし、目の不自由な方は車の恐怖におびえてしまい、外に出歩くリスクが高くなってしまいました。
この頃、点字ブロックを開発した三宅精一さんは、車にひかれそうになる視覚障がい者を目の当たりにするのです。
そこで、私財を投じて作り上げたのが点字ブロックとなります。
視覚障がい者の方が安全に歩けるようにと、プレートに点字を入れ、点字ブロックというネーミングが誕生したわけです。
つまり、文化の背景として焙り出されたものが言葉であって、言葉そのものが文化の本質ではないのです。
ただし、今回のツイッターの件で学んだ事が一つだけあります。
大切なのは言葉そのものではなく、言葉の奥に潜む心の部分ですので、言葉そのものに対して、それほどこだわらないスタンスをとろうと思ったのですが・・・・
「障がい者」という言葉だけはこだわりを持ち続けたい!
「枕木」が「マクラギ」に変わりつつあるように、「障害者」という単語を「障がい者」、またはそれに変わる新たな言葉を作り、それを社会が認知してもらう社会を築かなければならないと・・・・
たった一単語を変える事こそが、自分自身の生涯の使命にしていきたいと気が付きました。
働く事で社会のお役に立てる!
点字名刺は未知の可能性を秘めたプロジェクトだと確信しています。宣伝になっちゃったm(__)m
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