2011年4月27日更新 記者 安田泰淳(幸せ研究家) 携帯版はこちらです



「幸」+「丸」=「執」 ← 漢字の成り立ちについて調べてみた

「幸せ」とは何だろう?
幸せの本質を探るには、まずは漢字について調べねば☆

ところで、「幸」に「丸」と書いて執となります。
この「執」という漢字の前世を調べてみると



という甲骨文字にたどり着きました。

現在の漢字は、大昔の絵や記号などが進化したものとなっています。つまり、上記の絵が進化したのが「執」という漢字なのです。

この絵、なんだか恐ろしい・・・・

実は左に表されているのは ”手かせ” という、手(体)を拘束する器具だとされています。手錠のようなものです。

一方、右に表されているのは膝をついている「人」となります。

つまり、「執」という漢字は、手錠で拘束され、身動きが取れない人間を表しているのです。

「執」を辞書で調べてみると、「とりついて離れない」と書いてありました。上記の甲骨文字の絵と一致している事がわかります。

なんと!「幸」という漢字は手錠を意味していたのです。

「手錠」 = 「幸せ」 という方程式! あまりピンときませんよね。

ここからは学者の間で様々な解釈がなされているので、正確なものはわかりません。しかし、多くの学者は、この手錠から逃れる事によって、幸せになれるんだ!だから、手錠を用いているんだ。

こんな解釈を唱える学者が多いようです。

「執」という、たった一文字を知った時、
そこには何千年も前から、人間の持っている本質が漢字を用いて表されている事に気が付きます。

〇「人」に対する依存
〇「会社」に対する依存
〇「お酒」に対する依存
〇「ギャンブル」に対する依存

つまり、依存は甲骨文字で表される ”手かせ” にあたるのではないか?この依存心こそが、幸せを奪ってしまう要因になっているのではないか?


福沢諭吉は ”学問のすすめ” で次のことを主張しています。

「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、 人に依頼する者は必ず人を恐る、 人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり」


私なりの解釈ですが
「このへつらいこそが依存心なんだ。だから、独立心(自立心)は大切であり、学問を身に付ける事によって依存心から開放されなければならないんだ。そこから幸せがやってくる!

これが、学問のすすめで福沢さんがいいたかった事なのではないか?と考えています。

自分自身の幸せを考えるのであれば
自分にとっての手かせ(手錠)とは何なのか?
現在の手かせにあたるものは何なのか?

ここの部分が大切になってくるのでしょうね。

う~ん・・・
依存についてもっと知りたくなってきた~。
今度は依存について考えてみようっと♪