2010年1月27日更新 記者おとなっち  携帯版はこちら


「177」番は大隈重信の電話番号だった

これは1883年のお話です♪
石井忠亮という身分の高い官僚がいました。彼は、ヨーロッパや上海などへ視察に行き、「日本にも早く電話を普及させた方が良い」と政府に訴えるのでした。

政府もこの提案を受け入れ、石井は日本国営電話事業の創始者として、「東京ー横浜」間で日本初の電話サービスがスタートさせました。(1890年)

当時は電話の費用が凄く高かったので、よほどのお金持ちや、地位の高い人でなければ設置する事ができませんでした。

そのため、加入者も少なかったので、電話番号も申込み順で決めていたそうです。(設立時の加入者数は197人でした)

その後、大隈重信が登録を申し込んだ時が177番目だったので、電話番号も「177」でした。ちなみに、158番が渋沢栄一、247番目が後藤象二郎 248番が前島密でした。

蛇足!
現在、電話に出る時は「もしもし~」といいます。これは「申します、申します」という単語を略した言葉です。

また、電話サービスを開始する前のテストでは「もしもし」ではなく「オイオイ」と言ってたそうです。それに対しての返事が、「ハイ ヨウゴザンス」でした←(時代って素晴らしい 笑)

参考資料 先駆者達の大地
http://manabow.com/pioneer/ntt/2.html


次のレポート (ノーベル賞をとり損ねた男!鈴木梅太郎とは誰?)


大人マジック(雑学) トップページ


点字名刺プロジェクト
視覚障がい者の方のお仕事が年々減ってきています。
そこで、視覚障がい者の方にしかできないお仕事を作ることを理念として、点字名刺プロジェクトを立ち上がりました。大人マジックは雑学を知ることで1人でも多くの方に幸せになって欲しい願いと、点字名刺の存在を知っていただくために作った雑学サイトです。(もしよろしければ、皆様がお持ちのホームページやブログ・掲示板などがございましたら雑学の記事をリンクしていただければ幸いです。点字名刺を知っていただける機会になれば嬉しいです)