2010年2月6日更新 記者おとなっち  携帯版はこちら


大隈重信が文字を書かなかった理由

大隈重信といえば大人マジックでも何度か取り上げています^^v 例えば電話番号の177番!実は大隈重信の電話番号でした→一般雑学148

また、円という単語の生みの親も大隈重信さんです→経済雑学20

さてさて♪ 本日も大隈重信さんの武勇伝を紹介したいと思います。早稲田大学の創立者として知られている大隈さん、なんと学生時代から文字を書かなかったというから驚きです。

何故、文字を書くのをやめてしまったのでしょうか?

これは重信(八太郎)が佐賀藩の学校に通っていた時のお話です。(7歳から18歳まで弘道館という藩校に通っていました)

成績が優秀で文字を書かせても凄く綺麗!
13歳から14歳で進級する所を、わずか10歳で進級した秀才肌の大隈重信。

しかし、クラスメートに綺麗な文字を書く人がおり、どうしても勝つことができませんでした。重信(八太郎)は負けず嫌いな性格でしたので、悔しくて悔しくて仕方がありません。

そこで、重信は考えます。
「あっそうだ!文字を書かなければ勝ちとか負けとか関係ないや」と考え、生涯文字を書かなかったと言われています。

ある時、相良大八郎という人物に代筆を頼みました。相楽は重信が機嫌の良い時を見て、わざと二文字の空白を作り重信に書かせようとしたのです。

しかし、子供の頃の誓いを忘れていなかった重信は、筆を持ったものの結局置いてしまったそうです。(脚気を伝染病だと死ぬまで言い張った森鴎外といい、昔の人は頑固者が多かったのですね^^)

次のレポート (天才とは1%のひらめきと99%の努力!は誤訳)


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