2008年9月13日更新 記者まゆみん



日本で最初に「退場」になったプロ野球選手とは

日本で初めて「退場」になった選手とは・・・


大日本東京野球倶楽部(読売ジャイアンツの前身)で活躍した「苅田久徳」(かりた ひさのり)選手です。二番目にプロ野球契約を結んだ苅田氏は非常に頭がよく、「苅田は頭で走る」とも言われていました。

また、野球センスが抜群で「苅田の前に苅田なく、苅田の後に苅田なし」とまで言われていたそうです。初代盗塁王にも輝いており、もちろん野球殿堂入りも果たしています。

1936年の12月に行われた試合の際、審判のジャッジに激高し、塁審をしていた二出川を突き飛ばしました。そのときに「無礼者!」と二出川審判に言われ、苅田選手は「自主退場」をしたそうです。

審判から退場を宣告されたのではありません。自ら自分の行為を反省し、自ら退場したのですから、審判の選手との力関係がよくわかりますよね^^

蛇足
プロ野球初の「隠し玉」をしたのも苅田選手でした。




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