2008年5月22日更新 記者 おとなっち


「177」番は大隈重信の電話番号だった

1883年、「石井忠亮」という身分の高い官僚がいました。彼は、ヨーロッパや上海などへ視察に行き、「日本にも早く電話を普及させた方が良い」と政府に訴えるのです。

そして、石井は日本国営電話事業の創始者として、1890年に「東京ー横浜」間で、日本初の電話サービスがスタートさせたのでした。

当時、電話の費用が莫大にかかっていたので、よほどのお金持ちや、地位の高い人でなければ、電話を設置する事ができなかったそうです。そのため、加入者も少なかったので、電話番号も申込み順で決めていたそうです。(設立時の加入者数は197人でした)

その後、大隈重信が登録を申し込んだ時が177番目だったので、電話番号も「177」でした。ちなみに、158番が渋沢栄一、247番目が後藤象二郎 248番が前島密だそうです。東京の1番は東京府庁 横浜の1番は電話交換局です。


現在、電話に出る時に「もしもし」といいますが、「申します、申します」という単語を略した言葉だそうです。電話サービスを開始する前のテストでは「もしもし」ではなく「オイオイ」と言ってたそうです。それに対しての返事が、「ハイ ヨウゴザンス」でした←(時代って素晴らしい 笑)

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