2008年5月29日更新 記者 おとなっち


ノーベル賞を取り損ねた男「鈴木梅太郎」とは誰ですか?

鈴木梅太郎(すずきうめたろう 1874−1943 農芸化学)は世界で初めてビタミン(B1)を発見した人物です。明治末期まで、脚気(かっけ)の原因がビタミンB1不足だという事がわからなかったので(ビタミンの存在すらわかっていませんでした)健康被害を訴える人が多かったのです。

脚気とは、神経に障害をきたす病気で、徳川家光もこの病気で命を落としたと言われています。

ビタミンB1はノーベル賞級の発見です。後にオランダの「エイクマン」←(ビタミン発見の道しるべになった人物)とイギリスの「ホプキンス」←(ビタミンが健康維持に必要だと発見した人物)がノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

鈴木梅太郎にも「日本初のノーベル賞」を与えてもいいじゃないか!と個人的に思うのですが^^当時はそんな空気ではなかったようです。

脚気をめぐり、世界中で研究が進められていました。ドイツでは「伝染病ではないか?」と主張!一方のイギリスでは「栄養問題ではないか?」という対立構図になっていました。日本でも意見が大きく分かれます。「日本の海軍」は栄養問題を主張。一方の「日本の陸軍」は伝染病を主張し両者は対立するのです。

しかし、海軍の食事を洋食(パンなどの麦)に切り替えてから、脚気の症状が出なくなり、栄養問題説と確信します。対立する陸軍は科学的根拠がないと主張!森林太郎(森鴎外)などが噛み付くのでした。(鴎外の本名は林太郎といい、陸軍軍医としても活躍していました)

1910年、鈴木梅太郎が米のヌカ(精米する時にでる果皮)からビタミンB1を発見しアベリ酸(後にオリザニン)と名付けます。しかし、世界に論文を発表する際、「新しい栄養素だ」という言葉を訳されなかった為、「オリザニン」は世界から認められませんでした。

また、東京帝国大学(東大)医学部でも、脚気は伝染病が原因ではないか?とする説が多く、同じ東大出身の鈴木梅太郎に対しての風当たりが強かったのです。ある医学者(鴎外との説もある)は「農学者が何を言うか、糠が効くのなら小便でも効くだろう」と鈴木を非難するのでした。

東大医学部長がノーベル賞の候補者を鈴木ではなく、イギリスの「ホプキンス」を薦めたのは、こういう背景があったのです。

ちなみに
森鴎外は、鈴木梅太郎が脚気とオリザニンの因果関係を証明したのにも関わらず、伝染病説を展開し医学会で孤立していくのでした。